「めんそーれ!」美しい海と独自の文化が魅力の沖縄。多くの観光客がレンタカーで島内を巡りますが、「沖縄にはなぜ電車がないの?」と疑問に思ったことはありませんか?那覇市内を中心にモノレール「ゆいレール」が走っていますが、県内全域をカバーする電車網はありません。車社会の沖縄では、県外や海外からの観光客の皆さんの一番の問題が移動手段が車しかない!というところだと思います。
この記事では、沖縄に電車がない歴史的背景、現在の交通事情、そして未来の沖縄を大きく変える可能性を秘めた「鉄軌道計画」について、表や写真のイメージを交えながら分かりやすく解説します。
第1章:幻の「ケービン」~沖縄に鉄道があった時代~
意外かもしれませんが、戦前の沖縄本島には「沖縄県営鉄道」、通称「ケービン」と呼ばれた軽便鉄道が走っていました。これは20世紀初頭の沖縄にとって、産業振興と住民の生活を支える重要なインフラでした。

1. 沖縄最初の鉄道の誕生と役割
沖縄県にできた最初の県営鉄道は、サトウキビなどの農産物輸送や住民の移動を主な目的とし、与那原線開業を皮切りに、嘉手納線、糸満線と路線を拡大していき、沖縄南部を中心に開通されました。当時は総延長約48kmに及び、本島中南部の主要地域を結ぶ大動脈として機能しました。軌間762mmの小さな列車は「ケービン」と親しまれ、沖縄の生活に深く根付いていました。
【表1:沖縄県営鉄道 主な路線概要】
路線名 | 主な区間 | 特徴 |
---|---|---|
与那原線 | 那覇~与那原 | 東海岸へのアクセス、農産物輸送 |
嘉手納線 | 那覇~嘉手納 | 中部へのアクセス、軍需物資輸送も |
糸満線 | 国場~糸満 | 南部へのアクセス、水産物輸送 |
2. 沖縄戦による終焉
しかし、この県民の足であった「ケービン」の歴史は、1945年(昭和20年)の沖縄戦によって悲劇的な終焉を迎えます。激しい地上戦により鉄道施設は徹底的に破壊され、運行機能を完全に喪失。戦後の混乱と復興の中で鉄道が顧みられることはなく、そのまま廃止の道をたどりました。
第2章:クルマ社会への道~鉄道が再建されなかった理由~
沖縄戦後、なぜ鉄道は再建されなかったのでしょうか。その背景には、沖縄が置かれた特殊な状況と米軍の政策が深く関わっています。
1. 米軍統治下での道路優先
戦後、米国の施政権下に置かれた沖縄では、軍事戦略上の重要拠点として基地建設が最優先され、交通インフラも軍事目的が重視されました。米軍は基地間の連絡や物資輸送のため、既存道路の拡張・舗装に加え、新たな軍用道路を次々と建設。これらが後の沖縄の道路網の骨格となります。一方、莫大な費用と時間がかかる鉄道復旧の優先度は低く、見送られました。
[建設中の軍用道路や米軍車両のイメージ]
2. モータリゼーションの急速な進展
アメリカ統治は、沖縄に急速なモータリゼーションをもたらしました。米国から中古車などが流入し、自動車が主な移動手段として普及。道路網整備に伴い、バスが公共交通の主役となりました。この結果、人々の意識も「移動=自動車」へとシフトし、鉄道再建の機運は高まりませんでした。
3. 本土復帰と道路中心の交通政策
1972年の本土復帰後も、沖縄の交通政策は道路整備中心に引き継がれました。沖縄自動車道の建設などが進み、自動車社会はさらに定着。本土の都市部で鉄道網が発達したのとは対照的に、沖縄は「電車がない島」としての道を歩むことになったのです。
第3章:ゆいレールと深刻な渋滞~現在の沖縄の交通課題~
戦後長らく軌道系交通機関がなかった沖縄ですが、2003年に那覇市に都市モノレール「ゆいレール」が開業。しかし、これは那覇都市圏の一部をカバーするに過ぎず、県全体の交通は依然として多くの課題を抱えています。私自身もあまりゆいレールを活用する機会が少なく、やっぱり車移動になってしまっているのが現状です。

1. ゆいレールの役割と限界
ゆいレールは那覇空港から那覇市中心部、浦添市の一部を結び、空港アクセス改善や市内交通の一部を担っています。しかし、路線範囲は限定的で、本島中北部や南部広域へはアクセスできません。輸送力も本格的な鉄道には及ばず、混雑が課題です。
2. 深刻化する交通渋滞
沖縄県、特に那覇都市圏では、慢性的な交通渋滞が深刻な社会問題です。県民の高い自動車依存度、観光客のレンタカー利用集中、これらに追いつかない道路インフラが主な原因です。最近では、今後の沖縄県の活性化を進めるためにいろんなところで道路整備が進められていますが、やはり、通勤時間帯や都心部での渋滞は私たち地元民でもストレスを感じるほど深刻化してきています。
【表2:沖縄の交通渋滞による影響(例)】
影響分野 | 具体例 |
---|---|
経済 | 通勤時間増大、物流遅延による損失 |
環境 | CO2排出量増加、大気汚染 |
観光 | 移動時間増大による満足度低下 |
県民生活 | 通勤ストレス、緊急車両到着遅延 |
3. 公共交通(バス)の課題
路線バスは渋滞に巻き込まれやすく、定時性・速達性に欠けるため敬遠されがちです。郊外では路線網や運行本数が不十分な場合もあり、交通弱者の移動を困難にしています。
このような背景から、持続可能な交通体系の構築が急務となり、再び「鉄軌道」の導入が本格的に議論されるようになりました。
第4章:未来への挑戦~沖縄鉄軌道計画の今~
深刻な交通渋滞や環境問題などを背景に、沖縄では新たな公共交通システムとして「鉄軌道」の導入が本格的に検討されています。
沖縄鉄軌道計画 HP : https://oki-tetsukidou-pi.com/komyuka/newsletter/
1. 計画浮上の背景
- 交通渋滞の限界と道路整備だけでは解決困難な状況
- 環境意識の高まり(CO2削減、SDGs)
- 観光の質の向上(スムーズな移動手段の提供)
- 県民生活の質の向上(通勤・通学の利便性向上)

2. 計画の概要(LRTが有力)
現時点ではLRT(次世代型路面電車システム)が有力視されています。LRTは高速・快適で、建設コストも比較的抑えられます。想定される基軸ルートは、那覇市を起点に本島中部主要都市を経由し名護市方面へ至る南北縦貫線です。
3. 期待される効果
- 交通渋滞の大幅な緩和
- 環境負荷の低減
- 観光客の利便性向上と新たな観光スタイルの創出
- 地域活性化(駅周辺開発、雇用創出)
- 県民生活の質の向上
4. 計画の課題とハードル
- 莫大な建設費用とその財源確保
- 開業後の採算性
- 用地取得の困難さ
- 自然環境への配慮
- 県民・関係機関との合意形成
- 既存交通機関との連携
沖縄県はこれらの課題解決に向け、慎重に調査・検討を進めています。
第5章:鉄軌道が拓く沖縄の新たな可能性
沖縄に鉄軌道が敷設されることは、単なる交通手段の追加を超え、沖縄の社会、経済、環境、そして人々の暮らしに大きな変革をもたらし、持続可能な発展への道筋をつける可能性を秘めています。
1. 持続可能な観光への変化
鉄軌道は、レンタカーに依存しない新たな観光スタイルを創出します。駅を拠点とした周遊観光や、環境に優しいエコツアーが促進され、沖縄本島全体のバランスの取れた発展が期待できます。
2. ライフスタイルとまちづくりの変革
鉄軌道は、県民のライフスタイルにも変化をもたらします。郊外に住みながら都心へ通勤することが容易になり、駅を中心としたコンパクトでネットワーク化された都市構造は、持続可能なまちづくりに繋がります。
3. 環境・防災面での貢献
環境負荷の低い鉄軌道は、沖縄の脱炭素社会への貢献や美しい自然環境の保全に繋がります。また、災害時には代替輸送手段として、防災・減災機能の強化にも貢献します。
結論:未来へのレールは、沖縄の希望を乗せて
沖縄になぜ電車がないのか。その答えは、沖縄戦と戦後の米軍統治、そして急速なモータリゼーションという歴史的背景にあります。かつての「ケービン」は失われ、長らく鉄道のない島として歩んできました。
しかし今、深刻な交通渋滞や環境問題といった課題を克服し、持続可能な発展を遂げるため、「鉄軌道計画」が沖縄の未来を照らす希望として浮上しています。この計画は、交通利便性の向上に留まらず、観光、ライフスタイル、環境、防災、そしてまちづくりのあり方を変革する大きなポテンシャルを秘めています。
実現には多くのハードルがありますが、これらを乗り越え未来へのレールが敷かれた時、沖縄は新たな発展のステージへと進むでしょう。この記事が、沖縄の交通の歴史と未来について考える一助となればうれしいです。

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